災害文化事例カタログ

「声」で伝える・残す 震災伝承演劇ワークショップが開催されました。

大きな災害が起こると、人々はその経験を語り継いできました。未来に起こる悲しい出来事をなるべく減らすため、教訓や知恵を後世に伝える「震災伝承」は、大切な取り組みです。
一方で、津波に飲み込まれたのは、その時その瞬間の人々の暮らしや時間だけではありません。被災地域で脈々と続いてきた歴史や伝統、その記録や記憶さえも、流されてしまうところだったのです。

仙台市と仙台市青年文化センター(公益財団法人仙台市市民文化事業団)の主催で行われた、演劇による震災伝承事業「Voice〜仙台市東部沿岸地域の伝承と物語」。この事業では、震災発生前後の教訓だけではなく、沿岸地域の伝統や暮らしの記憶を保存する「震災伝承」の取り組みが行われました。

元々は、「せんだい3.11メモリアル交流館」の企画展として2021年10月から開催され、舞台俳優の「声」などを通じ、仙台市東部沿岸地域の伝承や物語が紹介されてきました。
今回の「Voice」では、出演者を市民の中から募集。集まった参加者とワークショップを重ねて演劇を創り上げました。


13人の参加者は、10代20代の若い世代。演劇を取りまとめる演出家の髙橋菜穂子さんは、震災当時まだ幼い方や宮城にいなかった方もいるなかで、どれだけ迫力のある表現に仕上がるか、不安もあったといいます。

2023年9月から始まったワークショップでは、月に2回程度参加者が沿岸地域に足を運び、現地の方に話を聞いていく中で集めたエピソードを、自らの手で台本に落とし込んでいきました。


仙台市沿岸部の地域「高砂」「七郷」「六郷」。それぞれの担当に分かれ、3つのチームがオリジナルの台本で挑んだ中間発表では、ワークショップを通じて学んだ内容を存分に盛り込んだ作品が披露されました。

海岸林として長くこの地を守ってきた「松の木」を語り部に、自然をフィールドに遊び・暮らしてきた子どもたちの様子などを表現した七郷チーム。


「かさぶたを治してくれる」という言い伝えのある「笠神様」の昔話や、牛や馬と共にあった人々の暮らしを切り取った六郷チーム。


高砂チームが披露した、大阪から駆け落ちしてこの地で「産婆」を始めた若い夫婦の話は、地元の人から「産子谷地」と呼ばれる地名の由来ともなったエピソード。


他にも、震災前まで行われていた高砂神社の春まつりの様子や、郷土料理をストーリーに組み込み紹介するなど、演出にも工夫が見られました。関係者に向けた中間発表ではありましたが、演出家の髙橋さんや参加者の皆さんは、手応えを掴んだ様子でした。

「進めていく中で難しさもあったが、地域の皆さんの話を伺って、自分たちの中でも”伝えていきたい“という強い気持ちが生まれた」と、中間発表を終えた、参加者の佐藤巧都さんは力強く語ってくれました。


そこから、今度はチーム分けをせず、13人全員で一つの舞台をつくるために、稽古を進めます。参加者が書いた台本を元に、髙橋さんがリライト。2024年3月9日(土)の上演に向けて仕上げていきます。

そして迎えた当日の朝。宮城野区文化センター パトナシアターには、満員のお客さんが入り、緊張感が漂っていました。
横笛の山下進さん マリンバの丹野富美子さんを生演奏に迎え、舞台はいよいよ幕を開けました。

「いろいろあったねえ…」
「いろいろあったなあ…」

沿岸部に鎮座する三匹の狛犬「たっちゃん(高砂神社)」「しんちゃん(神明社)」「ごっちゃん(五柱神社)」の、コミカルな語りを軸に進んでいくストーリー展開。これは、中間発表で披露された七郷チームの「松の木」の語りのアイデアを活かしたもの。


「かつてこの地では、人と生き物と大地と神様が共に暮らしていました」
13人の出演者が力強く声を上げます。

沿岸林の重要性を語り継ぎ、子どもたちと植林を続ける授業の様子や、松林の元に集まる豊かな生態系。そうした自然を「遊び場」として、たくましく成長してきた子どもたちの暮らしが描かれていきます。


「産子谷地」や「笠神様」などの他にも、七郷地域の狐塚と「お狐様」の話、どぶろく造りと「結」という助け合い制度の話など、昔話や伝承が参加者たちの「声」によって演じ、伝えられていきます。

目まぐるしく、各地域のエピソードが切り替わり、あっという間に舞台は終盤へと差し掛かかります。

ラストシーンで参加者たちが演じたのは、今はもう無くなってしまった高砂神社の春祭りです。「わっしょいわっしょい」と声を上げ、神輿を運ぶ中で、地域の人と交流し前へ進んでいく様子は胸に迫るものがありました。人と関わり、大切なものを集め、未来に向けて運ぶ。この事業自体の取り組みを示唆しているようでもありました。


そして、再び狛犬たちが現れ、語り始めます。

「懐かしいなあ」
「今はもうやってねえの」
「神様…わかんねえな」
「大丈夫、若い人たち、パワーあっから」


狛犬たちのセリフに応えるように「わっしょいわっしょい!」と、さっきより一層大きな声で、今度は本物の神輿を担いで参加者たちが現れます。力強い声が響き渡り、舞台は終幕となりました。


「本や映像など、媒体はいろいろあるけれど、こうして若い人たちが自らの”声“で演じてくれたことが嬉しい」
「一人ひとりが受け止めた生の声を、今度は自分たちの表現として出力したことで、舞台上にリアルな時間や空間が生まれたと思う。こういう体験や感動を伴って伝え継ぐことが、大切だと思う」
企画立ち上げ当初から、参加者たちをサポートしてきた「海辺の図書館」の佐藤豊さん、庄子隆弘さんは、実際に観劇を終えてそう語りました。


そこに存在した身近で、普通な、人々の「声」が消えてしまわないように、今を生きる人たちの「声」で語り継ぐ。Voiceが残した体験が、声が、観た人の心から未来に向かって響いていく。そんな取り組みとなりました。